2018年07月01日

自戒のことば♪ 〜「正義」編

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<「ブッダの教えを学ぼう!fbページ」の言葉>(写真をクリックすると拡大します)

 今日から7月、文月(ふづき、ふみづき)です。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝す風習があるからというのが定説となっています。 - Wikipedia

 富士山の山梨県側で1日、夏山シーズンの到来を告げる「山開き」を迎えました。1日朝の標高3776メートルの山頂は、気温が7度前後と肌寒いです。環境省によると、2017年の登山者数は前年比4万人増の約28万4千人だったそうです。世界文化遺産登録5年を迎え、増加する外国人登山客への対応と環境保全が課題となっています。(共同通信社)


 次の「ブッダの教えを学ぼう!fbページ」の言葉に、私は触発されました。私(富士男♪)にとっての「名言」です。私が気づき、学んだことは、⇒以下の通りです。

◆「自分が正義と思ったとき、人間はどれだけでも残酷になれる」

・「正義は人間を最も残虐にさせる」

・「典型的なのは、戦争や、民族紛争、宗教戦争です。 どんな戦争も、自分の正義を主張します。 そして、敵を滅ぼすのは善いことだと教育して戦地に送ります。 」

・「怒りは自己を正当化し、正義になりすまそうとします。 正義のもつ恐ろしさをよくよく自覚しましょう。」

・「聖徳太子は、十七条憲法に「我、必ず聖ならず、彼、必ず愚かなるにあらず。 ともにこれ凡夫(ぼんぶ)のみ」 と言われています。

・「 浄土真宗の開祖・親鸞も、「善悪の二つ総じてもって存知せざるなり」(私には善や悪ということはまったくわからない) と言われています。」
 (仏教辞典/正義は人間を最も残虐にさせる)http://bukkyouwakaru.com/dic/s77.html


⇒自戒の言葉です。「正義」は、何もかもを正当化してしまいかねません。私も若い時から「正義」には懐疑的です。「正義」を振りかざす人をあまり信用できません。

 かつて、「正義」の名のもとに、幾多の戦争や紛争が起こりました。多くの犠牲者が出ました。「正義」は、「独善」「決めつけ」「思い込み」などと紙一重の感じがします。とても危うい言葉なのです。安易に「正義」を振りかざすことは止めましょう。

 仏教では、上記の親鸞の言葉にもあるように、「善」も「悪」も、「勝ち」も「負け」も、「美しい」も「醜い」も、「正しい」も「間違い」も……すべて、人間の分別心が生み出したものであり、絶対的なものではないと諭しています。

 自分が発する言動は、「独善」や「決めつけ」を慎み、つねに謙虚に、深慮して、誠実に対処しましょう。(富士男♪)
                                                 ブッダ富士♪
<仏教関連記事>
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posted by 富士男♪ at 23:56| 千葉 ☀| Comment(2) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
富士男様

ブログ、いつも拝見して勉強しております。

また、勘違いでなければ、いつもアクセス頂きましてありがとうございます。

新町の日の出に住んでいる子育て世代の父親です。

私のハンドルネームは、歌手の藤山一郎先生をリスペクトしているだけで、貴殿とは何の関係もありませんし、貴殿をリスペクトしているわけでもありません。

私は東京大学の博士号を有しておりますが、富士男様は京都大学卒で東洋学園大学の客員教授をお務めになっておられるとのこと、私は学生のつもりで貴殿に質問し、ご教示頂きたく存じます。

大学の教育者というのは、思想的および宗教的に偏りがないことが前提であるべきだと私は考えます。

また、日本語の正しい意味を理解することが大切かと思います。

貴殿が「正義」という言葉の意味を正しく理解できていないと思いましたので、ご連絡差し上げました。

私なりには、「正義」という言葉はとても大切な言葉だと思っています。

正義の本来の意味は、「正しい道義」であり、「正しい道理」です。

正義に懐疑的な富士男様は、正しい道義や正しい道理に懐疑的なのですね。

また、自戒の言葉とあり、怒りには何とやらとありますが、このエントリーの中に、貴殿の何らかの怒りを感じてしまいます。誰かに向けたメッセージではないでしょうか。

加えて、大学教授に向かって申し上げるのは心苦しいのですが、日本語の解釈および使い方が間違っているように感じます。

正義は「振りかざす」ものではなくて、「貫く」ものです。

その典型が警察かと思います。富士男様が美しい老後を楽しんでおられるのも、警察が正義を貫いて、市民や国民を守ってくれているからではないでしょうか。

正義によって安全な生活を守ってもらっているからこそ、美しい生き方が可能だと思います。

当たり前だと思わずに、正義に感謝する姿勢が大切ではないでしょうか。その正義を貫くために、一体、どれだけの数の人たちが身を粉にして働いているのか、貴殿は理解されているのでしょうか。

そういった有難さを感じ、謙虚に、深慮して、誠実に生活していれば、正義の意味の取り違えはないかと思います。

また、話がいきなり戦争に向かっていますが、正義が人間を残虐にするのではなくて、正義を取り違えた思想が残虐にするわけです。

そのロジックを飛ばして正義が悪いことだ戦争だと主張することは、まさに紙一重で危うい論調、決めつけだと思います。

何度も言いますが、正義は尊いものです。

最後に、同じ浦安市民として申し上げますが、浦安には子育て世代を深慮し、応援してくださっているシニア世代の皆様がたくさんおられます。

彼らは、街の課題について真剣に取り組んでくださっており、私たちはとても感謝しております。

他方、自らの生き方を楽しんでおられて、子育て世代が苦しんでいても、困っていても知らない顔をするシニア世代もおられます。

必死に頑張っている子育て世代に上から目線で意見を振りかける人もおられるようです。

それが美しい生き方だとは思えません。
Posted by フジヤマジロウ at 2018年07月05日 23:25
フジヤマジロウさん

貴重なコメントをありがとうございました。長文力作に感心しました。

「正義」とは何かを私もずっと追求している一人です。
「正しい道義」「正しい道理」と言われてもピンときません。

そもそも「正しい」か「正しくないか」の判断は、自然科学以外の分野ではとても難しい。主観が入り込む余地が大きいからです。

この世の中では正解は一つでない課題も多いのです。正義や正解は、慎重に謙虚に扱う必要を感じます。

警察の例で言えば、治安や犯罪者(違法者)の取り締まりは、もちろんありがたい仕事で、私も感謝しています。

が、正義というより、一つの職務であり役割使命です。治安も一歩間違ったり、行き過ぎると、戦前の治安維持法のように権力の暴走になってしまう危険性もあるのです。

私は、やはり聖徳太子や親鸞上人のように、善悪や正誤も安易に独善的に決めつけないようにして生きたいと思います。
Posted by 富士男♪ at 2018年07月09日 20:45
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