2018年06月05日

六月(水無月)の「生命(いのち)の言葉」♪ 〜本居宣長 編

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<三河稲荷神社境内のアジサイ(紫陽花)の花>(写真をクリックすると拡大します)
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<湯島天神境内の光景とウメ(梅)の実>(写真をクリックすると拡大します)
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<湯島天神でいただいた6月の「生命(いのち)の言葉」の栞>(写真をクリックすると拡大します)

 6月4日、大学講義のため、本郷キャンパスへ行く途中、三河稲荷神社へ立ち寄り参拝しました。こじんまりした境内の色とりどりのアジサイ(紫陽花)の花は満開で、とてもきれいでした。

 参拝後、六月(水無月)の「生命(いのち)の言葉」の栞をいただこうとしましたが、残念ながら見当たりません。大学講義終了後、佐藤修さんの「縁カフェ」へ顔を出した際、湯島天神へ立ち寄り参拝し、今月の栞をいただきました。

 今月は、江戸時代の国学者・医師、本居宣長の言葉です。

 尋常(よのつね)ならずすぐれたる
 徳(こと)のありて可畏(かしこ)き物を
 迦微(かみ)とは云(いふ)なり

 (本居宣長)

◆解説(栞の裏面):

 「普通でない優れたところがあって、恐れ多いものを神という。」
 古事記を研究し著した『古事記伝』中で、日本人が古くから持っていた「神」に対する考え方を述べたもの。

 私(富士男♪)が気づき(感じ)学んだことは、⇒以下の通りです。

⇒「可畏(かしこ)き」とは、自然や神など威力・霊力を備えているものに対して脅威を感ずるさま。恐ろしい。畏怖の念に堪えないという意味らしい。祝詞でよく聴く「懸けまくも畏(かしこ)き」とは、口に出して言うのもおそれ多いという意味だそうです。(三省堂 大辞林 )

 神を「迦微(かみ)」と表記しているところも面白い。「神」とは違うのだろか?もう少し調べてみたい。(富士男♪)

◆本居宣長 (もとおり のりなが)

 江戸時代の国学者・文献学者・医師。伊勢国(三重県)松坂の人。二十二歳で医学の修行のため京都へ遊学し、儒学・古典等を修め国学の道に入ることを志す。松坂に帰り診療所を開業し、そのかたわら古事記、源氏物語など古典文学の注釈や漢字音、文法などの国語学的研究にすぐれた業績を残した。また復古思想を説いて儒教を排し、国学の思想的基礎を固めた。国学四大人(こくがくしうし)の一人。著書に『源氏物語玉の小櫛』『古事記伝』『玉勝間』『直毘霊』などがある。http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/h3006/
                                                生命(いのち)富士♪
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posted by 富士男♪ at 00:15| 千葉 ☀| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする