
<国旗「日章旗」と国歌「君が代」と2/11朝刊一面>(写真をクリックすると拡大します)
2月11日は「建国記念の日」の祝日でした。
「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として、1966年に祝日法で「建国記念の日」に定められました。
この祝日を少し'かんかん’、つまり、まず感じて(気づいて)次に考えて(学んで)みます。
◆「建国記念の日」から私(富士男♪)が感じる(気づく、連想する)こと:
日本、日本国、誕生日、神話、神社、出雲大社、鹿島神宮、香取神宮、縄文時代、祖国、母国、愛国心、誇り、長所、強み、アイデンティティ、ルーツ、源流、巨樹、原生林、恐竜、氷河期、地球、宇宙、国旗、日の丸、国歌、君が代、・・・
◆「国を愛する心」(愛国心)から私(富士男♪)が'かんかん’すること:
そもそも国を愛する心はどこから出てくるのだろうか。
五輪や世界選手権、世界コンクールなど、競技場面では国旗や国歌がよく登場し、素朴な愛国心と馴染み深い。
個人の誕生日を祝うように、国家の誕生日を祝うのは、ごく自然である。企業や学校の創業・創立記念日を祝うように、建国の歴史・ルーツを振り返り、祝うことがあっていい。
人や自然を愛するように国を愛する心は大切である。母国に信頼と誇り、希望を持てたら幸せである。しかし、愛国心は決して強制されるものではない。ましてや愛国心を悪用して戦争を起こすなんてもっての外である。
富士山や桜など、自然を愛する心は人間を愛する心を育む。人間を愛する心は、国を愛する心に繋がる。国を愛する心は地球を愛する心、平和を愛する心につながるのである。(建国富士♪)
◆建国とは、その国の「理想」と「精神」が確立したことをいう(安岡正篤)
建国記念の日に、Facebookで出逢った安岡正篤の言葉を紹介しておきます。
建国とは、単に国家の形式が整ったということではない。
その国の「理想」と「精神」が確立したことをいうのである。
国民が真にその国を愛し、その国を誇りとするためには、
単に知識として歴史をなぞるだけでは足りない。
その歴史の中に脈打つ先人の苦心、血の出るような努力を、
わが身のこととして感じ取ることができてこそ、はじめて歴史は生きた力となる。
そして歴史を語る前に、まず己を正すこと。
国を愛するということは、自らを磨くことと同義である。
国家とは決して抽象的な概念ではなく、
われわれ一人一人の「心の在り方」の集積にほかならない。
ゆえに「建国記念の日」とは、国家を語るに過去を称えるだけの日ではない。
もとより伝統とは、単に過去の遺物を保存することではない。
それは、常に新しきを創造してゆく「生命の連続」である。
真の保守とは、絶えざる維新(これあらた)にあり、この国をより良くしていくものである。
先人の歩みを鏡として、己の魂を省み、志を新たにする日でもなければならない。
天晴れ!建国富士🗻
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posted by 富士男♪ at 23:57| 千葉 🌁|
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